AI活用の相談で、必ず一度は出る言葉があります。
「うちの業務は特殊なので、たぶん当てはまらないと思うんですよ」
この一言が出ると、そこから先が進みません。会話が止まります。提案する側は「いえ、御社の場合も」と返し、言われたほうは「でもね」と返す。平行線です。
先に立場を書いておくと、私はこの言葉を半分は正しいと思っています。中小企業の業務は、本当に会社ごとに違う。同じ業種、同じ規模でも、見積の作り方も在庫の持ち方も違います。それは事実です。
問題は、正しい部分とそうでない部分が混ざったまま一言で処理されていることのほうにあります。この記事では、特殊の中身を分解して、どこが本当に特殊でどこがそうでないのかを見分ける方法を書いてみます。
目次
- 「特殊」は三種類に分けられる
- 事例を知らないから、特殊に見える
- 特殊性は、むしろ資産になる
- 業種別に見る「特殊」の中身
- 自社の特殊性を確かめる三つの質問
- 事例情報を、どこから取るか
- 北海道では、何が本当に特殊だったか
- 最後に
1. 「特殊」は三種類に分けられる
分解します。会社が特殊と呼んでいるものは、だいたい次の三つのどれかです。
ひとつめは、業界共通の特殊性。建設業の原価管理。運送業の点呼と日報。医療・介護の記録義務。食品の製造ロット管理。どれも重い。これらはその業界にいる人には当たり前で、外から見ると特殊に見えます。しかし同じ業界の会社は、ほぼ同じことをやっている。自社に固有ではありません。この領域はむしろ事例が豊富にある場所で、「うちは建設だから特殊」は、同業が何百社も同じ課題を抱えている以上、特殊性の主張としてはあまり成立しません。
ふたつめは、自社固有の、理由がある特殊性。特定の大口取引先の書式に合わせている。創業時からの品質基準を外していない。地域の慣習に合わせた納品の仕方をしている。ここは本当に固有です。そして多くの場合、競争力の源泉でもあります。他社が真似していないから、その取引が続いている。守るべきものです。
みっつめは、理由が失われたただの慣習。なぜその順番でやっているのか、誰も説明できない。「昔からこうなので」としか言えない。承認者が3人いるのに、3人目が何を見ているのかは誰も知らない。これは特殊性ではありません。放置された手順です。誰も止めなかっただけ。
やっかいなのは、この三つが現場では区別されないまま「うちは特殊」という一語に丸められていることです。分解すると、たいてい一つめと三つめが大半を占めます。
2. 事例を知らないから、特殊に見える
もうひとつ、構造的な理由があります。比較対象がない。
中小企業基盤整備機構が2026年3月に公表した調査では、中小企業のAI・IT活用をめぐる情報環境について興味深い数字が出ています。「成功事例や活用事例などの情報が十分に入手できている」という項目に当てはまらないと答えた企業が83.3%。「適切なベンダーや製品を選定する情報が十分にある」が当てはまらないという回答も79.8%にのぼります。
中小企業のAI等の利活用に係る実態調査(中小企業基盤整備機構、2026年3月/n=1,647)
https://www.smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202603_AI_point.pdf
同じ調査で、必要な公的支援として「導入事例などの情報提供」を挙げた企業は70.5%にのぼり、これは「導入費用などの助成」の77.9%に次ぐ2位につけています。お金の次に足りていないのが、事例の情報だということです。
ここが本質だと考えています。8割以上の会社が、他社が何をどうやっているかを知らない。比較対象を持たないまま自社のやり方だけを見ていれば、それが標準なのか特殊なのかを判断する手がかりは、どこにもありません。
人は、比較できないものを特殊と呼びます。それだけのことです。
3. 特殊性は、むしろ資産になる
ここから話の向きを変えます。固有の度合いが高い特殊性、つまり前章の二つめは、AI活用において不利な条件ではありません。
理由は、生成AIが登場して変わった点にあります。
従来のシステム導入では、特殊性は純粋にコストでした。パッケージに合わない部分は追加開発になる。カスタマイズすればするほど初期費用が膨らみ、バージョンアップのたびに作り直しが発生するため、「業務のほうをパッケージに合わせましょう」と言われ続けてきました。
生成AIは、ここが違います。自社固有のルールは、追加開発ではなく文章で渡せる。「この取引先の注文書は備考欄の日付を納期として読む」「この品番は旧コードとの対応表を見る」。こうした例外を、コードを書かずに記述できます。
つまり、特殊であることのコストが以前より大幅に下がっている。そして特殊性が残っている会社ほど、その特殊性は競合に模倣されていません。それを言語化してAIに渡せる状態にしておくことは、他社が簡単には追いつけない部分を強化することになります。
費用の話も少しだけ。特殊性が高いと見積が上がる、という経験をお持ちの方は多いはずです。生成AIを使う場合、この構造は部分的に変わります。費用がかかる場所が移動したからです。従来は特殊な処理を実装するコストが高かった。例外のたびにコードを書き、テストし、保守する。現在は、特殊な処理を書き出すコストのほうが高い。実装は文章を足すだけなので安く、高いのはその文章を書くためのヒアリングと整理です。
見落とされがちですが、後者は一度払えば資産として残ります。実装は技術が変われば作り直しになる一方、業務の記述はそのまま使える。特殊性が高い会社ほど最初の一件は重く、二件目以降の逓減も大きい。この構造を理解していると、一件目の見積を高いではなく初期投資として評価できるようになります。
4. 業種別に見る「特殊」の中身
抽象論が続いたので、業種ごとに具体化します。相談でよく聞く「うちは特殊」の中身を並べてみます。
建設業では「案件ごとに条件が違うから標準化できない」と言われます。確かに現場ごとの条件は違う。ただ、見積の積算項目、安全書類の様式、施工写真の整理ルール、原価の付け替え方。この辺りは同業他社とほぼ同じです。固有なのは、どの協力会社にどの工種を振るかの判断と、その会社との関係の読み方。そこは渡せませんし、渡す必要もありません。
運送業では「荷主ごとにやり方が違う」。これも事実です。ただ、受注票の読み取り、配車の記録、日報からの実績集計、請求のもとになる数量の突合といった工程は、どの荷主を相手にしていても構造としては同じものです。固有に残るのは、どの荷主の荷をどのドライバーに付けるかの判断。経験がものを言う部分です。
製造業では「うちの工程は他社と違う」。工程そのものは違っても、受注から生産指示、在庫の引当、出荷までの間を情報がどう流れていくかという構造は、よく似ています。残るのは、材料の歩留まりの読み方や設備の癖に合わせた段取りです。
卸・小売では「商品数が多すぎて無理」。商品数の多さは、むしろAIが得意とする条件です。人が覚えきれないから属人化しているわけで、そこは渡せる領域にあたります。そこで固有になるのは、どの取引先にどの商品を薦めるかの判断です。
並べてみると、どの業種でも同じ構図が出ます。固有になるのは人の判断であり、固有でないのは情報の移し替え。そして相談で挙がる業務の大半は、後者です。
5. 自社の特殊性を確かめる三つの質問
社内で確かめるための質問を置いておきます。
同業他社も、同じことをやっていますか。答えが「たぶんやっている」なら、業界共通の特殊性です。事例を探してください。
なぜそうしているのか、理由を一文で言えますか。言えるなら、理由のある固有性です。残します。言えないなら、慣習の可能性が高い。AIを入れる前に、やめられないかを検討する対象になります。
その判断を、新人に引き継げますか。引き継げるなら、すでに書ける状態にあります。引き継げないのは、特殊だからではありません。書いていないからです。
この三つを、特殊だと感じている業務に当ててみてください。多くの場合、本当に固有なのは全体の2〜3割です。残りは、他社の事例を知らないか、自社のやり方を書き出したことがないか、そのどちらかに収まります。
止まる会社と進む会社の差も、ここに出ます。止まる会社では「どういうルールなんですか」「いや、ケースバイケースで」「たとえば直近の案件だとどう判断しましたか」「それはその時の状況によりますね」という会話になります。特殊なのではありません。書いたことがないだけです。進む会社では「基本は定価の8掛け。ただし継続取引で年間500万を超える先は7掛け。新規は値引きせず、代わりに納期を優先する」と返ってきます。はっきりしている。迷いがない。
この差は、業務の複雑さから来ていません。書いたことがあるかどうかの差です。そして、書いたことがない会社のほうが圧倒的に多い。
6. 事例情報を、どこから取るか
第2章で見たとおり、8割以上の会社が事例情報を得られていません。ではどこから取るか。
最も確実なのは、同業の経営者に直接聞くことです。競合でなければ、意外と話してくれます。業界団体の集まりや取引先経由の紹介で接点はつくれます。聞くべきは成功例より失敗例で、「やってみて駄目だった話はありますか」のほうが具体的な答えが返ってきます。
支援する側に匿名でいいので聞く、という手もあります。導入支援をしている会社は同業の事例を複数持っていて、社名は出せなくても「同じくらいの規模の建設会社で、どの業務から始めることが多いですか」なら答えられます。提案を受ける前の段階でも、この質問はしていいものです。
ベンダーの導入事例は、懐疑的に読む。公開されている事例には、うまくいったものだけが載っています。読むときは「どこを書いていないか」を見てください。導入期間、関わった人数、運用開始後の修正頻度といった項目が落ちている事例は、参考値としてかなり割り引いて扱うべきです。
そして、自社で作る。一件目を終えたら、その記録を社内の事例として残す。他社の事例より、自社の一件目のほうが二件目の判断には役に立ちます。
聞くときの質問も挙げておきます。漠然と「AI使ってますか」と聞いても「少し触ってます」で終わります。答えが返ってくるのは、どの業務から始めましたか、立ち上げに何か月かかりましたか、いま誰が面倒を見ていますか、やめたものはありますか、の四つ。競合であっても答えられる範囲の質問です。逆に聞いても仕方がないのは「効果はどれくらい出ましたか」で、測り方が会社ごとに違うので返ってきた数字を自社に当てはめられません。聞くなら「何を測りましたか」のほうです。
7. 北海道では、何が本当に特殊だったか
道内の企業と話していると、「道内だから特殊」という言い方もよく出ます。これも分解してみます。
実際に特殊だったもの。季節による業務量の落差、冬季の輸送制約、広域に散った拠点間の移動時間、融雪や台風といった天候に左右される計画変更の多さ。これらは本州の同業と条件が違い、業務設計に実際の影響があります。固有性として扱う価値があります。
特殊だと思われていたが、そうでなかったもの。手書き伝票が残っている、FAXでの受発注、Excelの属人管理、ベテランの記憶に依存した段取り。これらは全国どこにでもあります。道内固有ではありません。むしろ、AI活用の相談が来る業務の大半はこちらでした。
小樽のある宿泊施設では、繁閑差と天候によるキャンセル対応が「うちならでは」と言われていました。整理してみると、繁閑差の読み方は確かに固有で、過去数年の予約データに独自のパターンがありました。一方、その処理のために毎日2時間かけていた予約台帳の転記作業は、まったく固有ではなかった。判断の部分は人に残し、転記の部分だけを渡す。この切り分けをしたところで、ようやく話が前に進みました。
北海道でAI活用を検討するときは、「道内だから特殊」を一度分解してみることをお勧めします。特殊と呼べるのは、季節と距離と天候。それ以外は、たいてい全国共通の課題です。そして季節と距離と天候は業務設計の前提条件であって、AI活用を妨げる理由にはなりません。
8. 最後に
「うちは特殊だから」は、検討を止める言葉として使われがちです。本来は、検討を始める言葉のはずだと思っています。
どこが特殊で、どこがそうでないのか。特殊な部分には理由があるのか、ないのか。これを分解する作業は、AIを入れるかどうかに関係なく、自社の業務を理解する作業そのものです。
やってみると、固有だと思っていた業務の7割が他社と同じだったと分かります。残りの3割が、本当の強みです。その3割を、AIが扱える形で書き残しておく。いまやれるのは、それだけです。
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